労災事故における安全配慮義務とは│損害賠償請求はできるの?【労働災害に強い弁護士が解説】
安全配慮義務違反とは?
労災事故にあってしまった場合、労災保険がおりることはもちろんですが、事故の発生が会社の安全配慮義務違反や被害者以外の従業員の過失によるものである場合、別途会社に対して損害賠償請求を行うことができる場合があります。
しかし、「安全配慮義務違反」と言われても、具体的にどのような行為や不作為(するべきことを行わないこと)が安全配慮義務違反に当たるのか、わからない方も多いと思います。
そこでまず、「安全配慮義務」とはなにかを解説します。
安全配慮義務とは、労働契約法第5条に定められている義務のことで、この義務は、労働契約法の適用があるすべての使用者が負っています。
第5条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
具体的に説明すると、会社には、労働者が、業務上負傷したり疾病を負ったりしないように、その安全を確保しながら就労できるような環境を構築し、労働者に提供する義務があるということを意味します。
そして、環境とは、物的環境に限らず、人的環境も含まれると理解されています。
どの程度の環境を構築すべきかは、職種・労働者の地位など、問題となる具体的な状況によって異なりますが、労働に関連する物的環境の整備、労働者の適切な人的配置、労働者の安全教育・適切な業務指示、履行補助者による適切な整備・運転・操縦、安全衛生法令の遵守といったそれぞれの観点からの環境構築が必要となります。
上記の観点から、社会通念上要求される具体的な環境構築義務が決まり、その環境を構築していなかったこと、または提供していなかったことが、「安全配慮義務違反」として問題となるのです。
なお、予見可能性(会社が労働者に対して怪我・健康被害を負わせる危険性を予測できること)や結果回避可能性(会社が労働者に対して怪我・健康被害を負わせないように結果を回避することが理論上可能であること)が否定される場合は、会社が責任を負うとは限りませんが、予見可能性も結果回避可能性もない事故は、限定的なケースだといえます。
参考までに、以下のようなケースは、安全配慮義務違反と考えられます。
・重機を用いた作業を行うのに、重機の使用方法について、操縦者に対し十分な事前の指導が行われないまま、重機を使用して作業を行ったケース
・複数人で取り掛かるべき作業を慢性的に個人で行わせ、新たに従業員を雇用して作業を手伝わせる等の措置を取らず、過重労働を常態化させていたケース
また、安全配慮義務に関し、過去に次のような判例が出ています。
概要:宿直勤務中の従業員が盗賊に殺害され、会社の安全配慮義務違反の有無が問題となった事件。
判決の要旨:使用者は、・・・労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するように配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っているものと解するのが相当である。もとより、使用者の右の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであることはいうまでもないが、これを本件の場合に即してみれば、上告会社は、・・・宿直勤務の場所である本件社屋内に、宿直勤務中に盗賊等が容易に親友できないような物的設備を施し、かつ、万一盗賊が侵入した場合は盗賊から加えられるかも知れない危害を免れることができるような物的施設を設けるとともに、これら物的施設等を十分に整備することが困難であるときは、宿直員を増員するとか宿直員に対する安全教育を十分に行うなどし、もって右物的施設等と相まって労働者たるAの生命、身体等に危険が及ばないように配慮する義務があったものと解すべきである。
損害賠償の流れ
さて、冒頭では仮に会社に安全配慮義務違反が認められ、その義務違反によって事故が発生した場合は、会社に対して損害賠償請求が可能であると説明しました。
では、具体的な流れや手段はどうなっているのでしょうか。
労災事故に限らず、損害賠償請求を行う手段は、大きく2つに分けることが可能です。
第1に、訴訟等の法的手続きを利用する手段です。この方法は、間に裁判所等を挟むことによって、双方の言い分が対立しても中立かつ妥当な判断を仰ぐことができたり、強制執行による解決につながったりするという利点があります。
第2に、任意交渉による解決を図る手段です。任意交渉とは何か、次項で解説いたします。
損害賠償請求を任意交渉で行う場合
任意交渉とは、希望額の賠償金を払ってくれないか、会社に対して「お願いする」という手段です。この手段の最大のメリットは、迅速な解決が狙えるという点や、所定の方式にとらわれないという点が挙げられます。また、意外に訴訟よりも多くの賠償金を獲得できるケースがあることも事実です。
任意交渉では、互譲によって話し合いがまとまることが通常ですから、お互いの言い分の間をとった賠償金が支払われることとなります。
例えば、労災事故にあった方(の弁護士)が、会社には300万円の賠償金の支払い義務があると主張したものの、会社(側の弁護士)が、あなたの言い分の一部は通らない可能性があるから、200万円なら支払います、と応じた場合を想定します。結局、言い分が認められるか分からない100万円の部分について、半々で互譲して、250万円の支払いで合意して和解が成立したとします。そうすると、裁判では300万円満額認められた可能性があるが、250万円で和解したということになりますから、差額の50万円については、訴訟を選択すれば獲得できていたかもしれないお金になるということです。
もっとも、逆にいうと訴訟において会社の弁護士の言い分が通れば、200万円の獲得にとどまった可能性もあるということですので、任意交渉では、このようなリスクを減らすことができるといったメリットがあるという見方も可能です。
損害賠償請求を訴訟で行う場合
損害賠償請求を訴訟で行う場合は、イメージ通り、裁判所に訴状を提出して、比較的長い時間をかけて、裁判所に請求が認めてもらえるか判断を求めることになります。
訴えを提起して損害賠償を請求する場合、ご自身だけで訴訟の準備をすることは難しいでしょうから、弁護士に依頼することになりますが、弁護士といえども訴訟の準備には数か月を要するのが通常です。また、訴訟を起こす場合には弁護士報酬もかさんでしまうでしょう。
訴えを提起された会社もまた、弁護士に依頼するなどして、訴訟対応を行います。訴状が届くということは会社側にとっても相当なインパクトがあります。その結果、請求内容について法的に弱い部分を指摘され徹底的に争われるケースが少なくありません。場合によっては、会社側の準備にまた数か月の時間がかかります。お互いの準備が整って、裁判所でやりとりが行われるようになってからも、一か月に一回程度の期日(裁判所等で話し合いが行われる日のことです。)を何度も重ねて解決に至るケースが通常です。そうすると、解決する頃には1~2年の期間を要していた、ということも珍しくありません。
一方、任意交渉の場合は、損害額の見積もりのため必要な資料さえそろっていれば、会社に対して「これくらいの損害がある」と伝えて、会社がそれを飲めば、解決ということになります。そうでなくても、訴訟の場合に比べれば、意見の往復が早いでしょうから、おのずと解決時間も短くなります。交渉開始から、早くて数か月で解決するということもあり得ます。当然、訴訟に比べて温和な話し合いができる可能性も高いです。
もっとも、これまで勤めていた会社に対し、自分で交渉するということは心理的に非常にやりづらく、損害の見積もりや法的知識といった面においても不安を感じる方が大半かと思います。また、素人が交渉しても、まったく相手にしてもらえないケースもあり得ます。
弁護士が行う任意交渉
そこで、経験・知識ともに豊富である弁護士に交渉を依頼するという方法があります。弁護士=訴訟ではありません。
弁護士は、資料をもとに、賠償請求の可否、適切な賠償額を判断したうえ、会社に対する示談交渉を行うことができます。
弁護士が交渉することの強みは、法的手続きによる解決も可能であることを示すことで、相手を法的な交渉のテーブルにつかせることができるという点です。
また、弁護士が会社に対して示談交渉の連絡を行うことで、会社も弁護士に依頼することが多いです。そうすると、専門家同士が交渉を行うことになるため、お互いに法的手続きによる解決を図った場合の結論を見通すことができ、相場に沿った和解が早期に実現することも珍しくありません。
さらに、仮に交渉が決裂したとしても、任意交渉で争点がはっきりしていれば、ある程度整理された状態から法的手続きを始めることができるため、いきなり訴訟を選択する場合よりも迅速に解決が図れるというメリットがあります。
まとめ
この記事では、安全配慮義務違反とは何かと、労災事故の賠償金の請求方法について解説しました。内容は、以下の通りです。
【安全配慮義務違反について】
①安全配慮義務とは、労働契約法第5条に定められている義務のことで、労働者が、業務上負傷したり疾病を負ったりしないように、その安全を確保しながら就労できるような環境を構築し、労働者に提供する義務が会社にあるということ
②安全配慮義務違反とは、①の環境を会社が構築しない、または提供しなかったことをいう
【賠償金請求について】
①賠償金請求の方法は、大きく分けて、法的手続きと任意交渉の2つがある
②法的手続きは賠償金を最大化できる可能性がある一方、非常に時間がかかることが少なくない
③任意交渉は迅速な解決を図ることができるうえ、当該事案が法的にみて見通しに厳しい面がある場合には裁判所での厳しい判断がなされるリスクを回避することもできる